どこまでも続く大きな空は、透き通るような青一色に染まっていた。
あたり一面に、生い茂る草木の緑と空の対比が美しい。
そんな大自然には、似合わないコンクリートの道に一台の古いバスが停車していた。
バタバタと騒々しく降りたリリアスを先頭に、
リリアス・瑛亮・愛麗・ジルガの4人はようやくバスの長旅から解放された。
「んーッ!やっぱり、山の空気っておいしいー!」
バスケットを片手にグッと背伸びをして、大きく深呼吸をしながら愛麗は言った。
「ねぇねぇ、愛ちゃん、空気に味があるの!?」
それを聞いたリリアスは、すかさず愛麗に訊く。
キラキラとした興味津々の目を右隣の愛麗に向けている。
「ンなもん、ねぇよ、バカ。」
しかし、返ってきた答えは、だるそうに欠伸をしている左隣の瑛亮の言葉だった。
ムッとしたリリアスは瑛亮の方を向き、膨れっ面になる。
「ちがうっ!リリィは愛ちゃんに訊いたの!瑛亮は知らないから分からないでしょ!?」
「はっ!?空気なんかに味があるわけねぇだろ!愛麗に聞いたって同じだ!」
何か言われたら、言い返せずにはいられない短気な瑛亮は、ムキなって言い返した。
「だから、ちがうの!瑛亮は分からないの!」
「誰だって分かるだろ、ンな事ぐらい!?空気ってのは...」
「そーこーまーでッ!!」
2人のケンカに強制的に終止符を打ったのは愛麗だ。
愛麗は背の低いリリアスの後ろから手を伸ばして、瑛亮の顔面を頭ごとグイっと押した。
瑛亮の首は反り返り、もしかすると骨が折れたのではないか、
と思うようなゴキッという鈍い音がした。
「瑛亮、アンタ馬鹿じゃない?リリィ相手に熱くなるなって言ってるでしょ!」
「ンだよ、うっせぇな。」
瑛亮は愛麗の手を払うと首を左右に曲げて、首の無事を確認する。
いつもなら愛麗にも噛み付く瑛亮だが、今日はおとなしく引き下がった。
こんな山にまで来て、空気を悪くしたくないという瑛亮なりの小さい脳ミソを使った気遣いだろう。
「…終わった?」
今まで空気のように存在を消していたジルガが聴いていたヘッドホンを外し、訊いた。
愛麗はいつもの事ながら、周りに無関心すぎるジルガに飽きれていた。
「はいはい、終わったわよ。何でアンタは、そう無関心なのか…ま、いいや。じゃ、出発!」
「おーっ!」
大きな声で賛同してきたのはリリアスだけだった。
リリアスは片手をグーにして上に伸ばした。
あとの2人は、機嫌が悪かったり、違う方を見ていたりとあまり乗り気ではなさそうだ。
「わぁ、見て見て!綺麗なお花!」
山道を歩いてる途中、リリアスは道端にある花を見つけ、キャッキャッと騒いでいる。
リリアスの目線の先には紫色の花がたくさん咲いていた。
「リリィ、それ触るなよ。」
ジルガは横目でリリアスを見ながら言った。
「えー、何で?愛ちゃんにあげようと思ったのに…!」
「馬鹿。それ“とりかぶと”って言って、猛毒の植物だぞ?」
「ほ、ホントに!?こんなに綺麗なお花が?」
リリアスはジルガの話を聞き、とりかぶとから逃げるように後退る。
「本当に。じゃ、あの馬鹿で試してみる?」
そう言うとジルガは数メートル後ろをだるそうに歩いている瑛亮を指差した。
その言葉は瑛亮にも聞こえていた。
「てめぇ…今なんて言いやがった?」
瑛亮は目の色を変えてジルガに向かってくる。
「何でもない。ところで、その紫の花に触ってみない?
触っただけじゃ、すぐ効果出ないから、口に入れてくれると嬉しいんだけど。」
ジルガはいつものように無表情でさらりと言った。
“死ね”とも受け取れるこの言葉は、瑛亮をからかっているわけではなく、本気だった。
「今、自分で猛毒って言っただろ!?ンなもん、触んねぇよ!俺は馬鹿か!?」
「「うん」」
リリアスとジルガは瑛亮の問いかけに“当たり前だ”と言うように、揃って頷いた。
「俺は馬鹿じゃねぇ!つーか、何でリリィまで、頷いてんだ?お前は十分...」
「あ。愛ちゃん、行っちゃったよ」
瑛亮の話を完全に無視して、リリアスは愛麗の元へパタパタと走り出した。
それに続いて、とりかぶとに興味が失せてしまったジルガも歩き始めた。
ぽつんと1人、残されてしまった瑛亮。
背後からは愛麗を呼ぶリリアスの声がしている。
この状態を瑛亮が許せるわけがなかった。
「おい、話を聞け!」
振り返って怒りに任せて怒鳴ってみたが、瑛亮の声を誰も聞こうとしていなかった。
気に入らないのは山々だが、ここでキレたら愛麗に返り討ちにされるのは何となく分かっていた。
瑛亮はちっぽけな脳ミソを使って、しょうがく3人についていくことにした。
一方、1番後ろの瑛亮から15メートルほど離れた前を歩いてる
愛麗とそこに来たリリアスは、地図を確認していた。
「えーと、今ここだから…3分の1くらい歩いたかな。」
愛麗は用意しておいた、ハイキング用の山の地図をなぞって距離を確認する。
地図によると道の先には、大きな草原が広がっていた。
「さ、サンタさん??」
分数が分からないリリアスは知っている言葉を当てはめて言い返す。
愛麗は一瞬だけ呆然としたが、すぐにリリアスに判りやすいように言い換える。
「…じゃなくて、半分の手前まで歩いたって事。」
「そっか。じゃ、お弁当だね!リリィ、お腹すいたぁ!」
愛麗の持っているバスケットに目が釘付けになるリリアス。
「お弁当は到着してから食べるの。だから、
あと3分の2…じゃなくて、半分ともうちょっと。」
愛麗は目的地の草原を指差し、リリアスの注意をそらした。
それを見たリリアスは『うぅ〜』と返事とも何とも言えない声で唸って、
ほっぺたを膨らました。
ふと、気付いた愛麗は辺りを見回す。
すぐ隣にはリリアスが膨れっ面になりながら歩いている。
後ろを見れば、ジルガの姿がある。
しかし、どんなに見回しても瑛亮が見当たらない。
「ところで、瑛亮は?」
愛麗はさっきまで瑛亮と一緒にいたリリアスに訊いた。
「え?いるよ。ほら…」
元の顔に戻すとリリアスは後ろを振り返り、指を差した。
そこにいるのはジルガだけだった。
少し沈黙が流れ、状態が飲み込めたリリアスが言う。
「いないね。どっか行っちゃったんだ!」
山で人が迷ったとは思えない軽い言葉だった。
「えぇっ!?どこ行ったのよ!」
地図をたたんでバスケットにしまうと、愛麗は来た道を小走りで戻り始めた。
「愛ちゃん、探しに行くの?」
それに比べ、その場に立ち止まり、探しに行く気のないリリアス。
「当たり前でしょ?あんなガキ1人にしたら、ここから出られなくなるじゃない。」
「おい、どこ行くんだよ?」
すれ違い様に少し後ろを歩いていたジルガは愛羅の腕を掴み、止めた。
「瑛亮がいなくなったの。多分、道から外れたと思うから、探しに行く。」
愛麗はジルガの手から掴まれた腕を放そうとするが、ジルガは放そうとしない。
「やめろ、1人じゃ危険だろ?」
「アタシなら大丈夫だから、リリィをお願い。」
そう言うと愛麗は、ジルガの手を思いっきり振り払い、小走りで行ってしまった。
「おい、待て…!」
ジルガの声は愛麗に届いていたかどうかは分からないが、愛麗は止まることはなかった。
残されたジルガは先を歩いていたリリアスの方を見る。
「リリィ、愛麗の後、追うぞ。」
「えぇー、愛ちゃんなら大丈夫だよ。待ってようよ。お腹すいたー!」
リリアスは言いたい事を好き放題言う。
大変な事が起きている事を分かっていないらしい。
そもそも、瑛亮がいなくなった事がそれほど大変な事とは思っていない。
「それどころじゃないだろ。空見ろ、雲行きが怪しくなってきてる。
もし、雨でも降ったら、視界が悪くなって、それこそ迷って出られなくなるぞ。」
リリアスはジルガの言う通り空を見てみた。
木々の隙間から見える空はいつの間にか雲で覆われて、何となく暗くなっていた。
「わぁ、本当だ。瑛亮が迷子なのに、愛ちゃんも迷子になっちゃう!
ジルガ、愛ちゃんの後、追わなきゃ!」
途端にリリアスは愛麗が向かった方向へ走り出す。
「だから、最初からそう言ってるだろ?」
ジルガもそう言って、リリアスを追って走り出した。